てしかな、にしかな、

言わずもがなを言う

バナナマフィンと月

金木犀が散ってしまいました…今年はTwitterで見かけたモイストポプリたるものを作ってみたので、来月また金木犀の匂いが嗅げそうで「マンモスウレピー」です。

これはこないだの金木犀。落ちてもいい匂いなんて…どんなときも美しいとか、なんかね…そんな女性になりたいですね…(明確な意思を持て)

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今日何をしたかというと、「あ!今日って中秋の名月じゃん!」と先ほどなり、慌ててベランダから身を乗り出して月を見ていたら思いの外時間が経っていて、気づいたら満月のやつ、ベッドの上の窓から普通に顔を覗かせてくれる高さになりました。とても良い感じで感傷的なわたしがやってきて「一句詠んどこうや」と言い出したので、ひとりでバナナマフィン片手に俳句大会をすることにしました。ここからはいつもの私ではなく、感傷的な私がお届けしますね。

 

女の子というのは不思議なものです。男の子もたくさん面白いところがあると思うけれど、私は一応女の子なので、女の子の話をしますね。 「スパイスとお砂糖でできている」というのが言い当て妙で、甘くて時に酷で…でもよく考えたら、スパイスもお砂糖もどちらもさらさらとした軽い粉にすぎません。いつ風に飛ばされてもおかしくないようなものなんです。だから大きな、揺るぎないスープみたいな液体の中に溶け込んでしまえば消えてしまわずに済むんですね。女の子にとっての恋愛って、そんなものなのだと思います。

そのスープが本当に綺麗かどうかなんて外から見ないとわからないし、スープにとって自分の味はどこまで主要なものなのかは、素材ごときにはわかりません。全然おいしくないかもしれないし、最悪な味かもしれないけど、自分が美味しいはずだ!!と思えば、良いんです。そこにかけた時間と誇りがあれば良い。どんなところに溶け込んだって私の味は死なないし、あなたの味は死なない。だからわたしは死ぬまでに、いちばん自分のクセに合うスープに溶け込めたら、幸せです。

大切な人をつくるって、ほんとうに大きな勇気と傷を抱えることです。避けて当たり前。でも喉から手が出るくらいそばにいて欲しい人が現れるかもしれない。傷つくことへの恐れを凌駕するでかでか恋の登場です。ナイススープ!

……何がおいしさの秘訣かを考えたのですが、汁の味もさることながら、器がないと味わえないと思いました。それはやっぱり毎日の暖かい記憶と少しの苦しさと、その苦しさを背負った夜だと思いました。その会えない時間や、恋人が知らない苦しい時間や思いやりたちが、スープを受け止める素敵な器になると信じて、強く生きようと思います。欠けたところは金継ぎをすれば良い。でもビカビカ光る器じゃなくてもいい。それでは、金の代わりに、いつかのゆるやかな昼下がりに恋人にあたった柔らかい陽の光と、苦しい時に心から流れた涙と、それを支えた夜を溶かしてみたらいいんじゃないの、なんて粋なことを考えるわけだ。(急に正常に戻る)

でもほんとに、そういう触れられない柔らかいものと、少しの悲しさみたいなものが、形づくっていってくれてるんですよね。

中秋の名月を見ていたら、ふとよい詩が浮かんだので、こんなことを書きました。こんなセンチメンタルっぽいですけど、私はいま全然星3つスープに溶け込んでいますし、幸せな夜でした。それではおやすみなさい。

 

 

 

 

2021年 バナナマフィン片手大賞

君に当たる陽とこの水と夜を溶き 金繕いをしてできた詩(うた)